「あなたの心に響いた『たった一言』を教えてください」そして、「それにまつわるエピソードを教えてください」
と呼びかけをしたところ、2,191編ものご応募をいただきました。心よりお礼を申し上げます。ここに受賞者の皆様のお名前を紹介させていただきます。また、各賞から一編ずつ、受賞作品も掲載させていただきますので、ご覧いただけましたら幸いです。
なお、受賞作品中から、50編を選び、受賞作品集として、「たった一言で~あなたが大切だから」を発刊いたしました。
ご希望の方は、こちらからお求めいただけましたら幸いです。いずれも、心に沁みる「いい話」ばかりです。
ちょっと心が疲れた時、本書のページをパラパラッと開いてみてください。きっと、元気のサプリメントになることと思います。

2010年も第二回として、「たった一言で」コンテストを開催いたします。6月から応募開始の予定です。本年もふるってご参加いただけますようお願い申し上げます。
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十四年前、父が肺癌になりました。阪神大震災で全壊した実家を再建して間もなくのことでした。
既に肺から頭に転移しており、余命半年程度でした。事実を受け入れることなど到底できず、母と声をあげて泣きじゃくりました。
両親は仲が良く、父が定年退職してからは、二人でよく旅行に出かけていました。震災のゴタゴタの時も、自分に言い聞かせるように 「お父ちゃんが九州に行ったことがないから、次は九州に行くねん」と母は言い、励みにしていたように思います。
こんなに仲の良い二人だから、 「どちらかに、もしものことがあれば、告知しあう」と約束していたそうです。しかし、医師に癌と言われると、母は悩みました。
「やっぱり、約束したから言うわ」と、ようやく腹を決めた母に、私は猛反対しました。父の性格を考えると、余命を知らない方が、生きる望みを持ちそうな気がしたからです。
入院当初は、転移した位置が悪く、人の名前がわからず、文字すら書けなくなっていた父も、抗癌治療のおかげで、一時退院できるまでに回復しました。
父は、母のつくる食事を何でも美味しそうに食べ、居間に座り、「やっぱり家はええなぁ」と、満面の笑みで何度も繰り返していました。
母と私は、祈るような気持ちで言いました。
「このまま治ったらいいのに」
しかし、治るはずはなく、約一月後に再入院が待っており、母も私も打ちのめされた気分になりました。
私は仕事の忙しさにかこつけましたが、日に日に弱っていく父のそばで、母は耐え難い思いをしたでしょう。
そんなある日、父がふと私に呟きました。
「オレはどうなるんやろう? オレはええけど、アイツ(母のこと)がなぁ……」
父は、自分の病気も余命も知っていたのです!母に約束を破らせた私は、「何言うてるん。お母ちゃんと一緒に、次は九州に行くんやろ」と、答えるのが精一杯でした。
母の話では、父方の祖父は、時として豪快に遊ぶ人で、家族が苦労することもあったそうです。そのためか、父は外で飲むのは付き合い程度で、家族を大切にし、自分のやりたいことは最低限に抑えて、兄にも私にも好きなことをさせてくれました。
決して裕福ではありませんでしたが、温かい家庭をつくってくれたと感謝しています。
最期まで家族のことを思いやり、母のことを気遣った優しい父。
臨終の際に、私は叫びました。「お父ちゃんの娘に生まれて良かった!」
現在、父は、実家から徒歩十分程度の墓地に眠っています。
生前と同じように、私たちを温かく見守りながら……。
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